【高校編】第14話 藤原氏が台頭しますよ

高校日本史を語りますよ

「おは、こんにちわ。今回は日本史の主役ともフィクサー(黒幕)とも呼ばれる。藤原氏に語っていきますよ。準備はOKですか?」

「NO、激しくNO」

「では、語っていきますね」

「やっぱ、人の話聞いてないよね!」

「藤原氏の始まりは、大化のバーサーカーこと、中大兄皇子(天智天皇)が中臣鎌足に藤原の姓を授けたのが始まりです」

「そういえば、中大兄皇子と中臣鎌足はズッ友とか言ってたよな」

「さて、この藤原の姓。中臣鎌足の子や親族に受け継がれていくかと思いきや。そういうわけでもなく。子供の不比等(ふひと)は幼く。また、親族達は新たに貰った藤原の姓より。祭事、神事を司る中臣に重きを置き。誰も継承しない状態でした。詰まるところ、藤原の姓は開始早々、風前の灯火だったのです」

「マジかよ。いきなり藤原の姓、なくなりかかってたのかよ」

「藤原の姓を誰も受け継がないまま、天智天皇が亡くなり。天智天皇の子(大友皇子)と天智天皇の弟(大海人皇子)が戦った。壬申の乱が生じます。藤原鎌足の子、不比等は幼く。何方の陣営にも付かず。中国の法律である。律令を専門とした学者の元にて過ごしていました」

「ほうほう」

「不比等が青年になると、学者の推薦もあって天武天皇の傍に置かれることになりますが、まだ若いという理由で正式な官に任命されず。官僚の補助や雑務を行いました。因みに、この頃から藤原不比等と名乗り始めています」

「天武天皇には重視されてなかったんだな」

「しかしながら、天武天皇が崩御すると状況が一転します。天武天皇の妻、持統(じとう)天皇が後を継ぎますが。持統天皇には大きな不安がありました。その不安とは、天皇の座を他の皇族に奪われることです。……天武天皇が天皇に成れたのは、武力簒奪によってその座を奪ったからです。持統天皇は自らの子孫が武力簒奪によって、天皇の座を奪われることを酷く恐れました」

「恐れるって、皇位を奪っておきながら勝手なもんだな」

「持統天皇は皇位簒奪を防ぐため。自らの子孫に対して未来永劫に仕え。天武系列の血を絶やさぬ家臣を求めました。其処で選ばれたのが藤原氏でした。因みに、後の天皇も藤原を推してますよ」

「その問いだと、藤原しか答えようないよね! つうか、真ん中のお茶の絵関係ないよね!」

「因みに内訳はこうなってます」

「二番目に白紙票きてんじゃねぇか、後の時代の天皇と藤原氏になにあったの! つうか、恵美ってなに!」

「恵美については、奈良時代の最後らへんにわかりますよ。さて、そんなこんなで藤原不比等が持統天皇の側近として選ばれました。不比等は、長らく律令の専門家の元で学んだ為、学識が深く。また、藤原は新興の氏であり、他の皇族の後ろ盾もないため。持統天皇にとっては扱いやすかったのです」

「ほうほう」

「藤原不比等は、持統天皇の期待に応えるべく。飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)を急ごしらえで制定します。本来なら律令と言うように、律の刑罰と、令の行政法が纏めて公布しますが。律の刑罰まで作りきる余裕がなく。律を省いて交付しました」

「本当に急ごしらえで作ったんだな」

「また、庚寅年籍(こういんねんじゃく)と呼ばれる全国区の戸籍を造り。六年に一度作成する決まりを作り出しました。この戸籍を元にして、税の徴収を目論みます」

 

「戸籍って、天智天皇も作ってなかったか?」

「天智天皇が作ったのは庚午年籍(こうごねんじゃく)です。現存してないため、詳細は不明ですが。この戸籍の目的は主に徴兵の為と考えられています。唐と新羅が攻めてきた事を考慮し。一人でも多くの民を把握し。一人でも多くの民を戦地へと送ろうとしてたみたいですよ。まぁ、噂程度の話ですけどね」

「あのバーサーカーならやりかねぇな」

「そんなこんなで、飛鳥清御原宮で政務を行っていた持統天皇ですが、政務を行う場が狭く。威厳が少ない宮殿のため。大規模で厳かな雰囲気を出す。新たな都を求めました。其処で造営されたのが藤原京です」

「藤原京って、まさか、藤原の名前からとってんのか?」

「みたいですね。それ程までに藤原不比等を信用していたのでしょう」

「話を聞く限りそうだろうな」

「持統天皇は藤原京に遷都すると、飛鳥浄御原令を補完する為。701年に藤原不比等、刑部親王(おさかべしんのう)が大宝律令(たいほうりつりょう)を制定します」

「飛鳥浄御原令と何が違うんだ」

「刑法である律が加えられ。更に、飛鳥浄御原令で交付した令も改良されています。律の刑罰には、笞(ち)、杖(じょう)、従(ず)、流(る)、死(し)の五刑がありまして」

「ち、じょう、ず、る、し?」

「簡潔に言うなら。笞は細い棒でケツバット。杖は太い棒でケツバット。従は投獄。流は遠い地に流され。死は死刑と言う意味です」

「ほうほう」

「五刑の他に八虐(はちぎゃく)と呼ばれるものもありまして。国家や天皇、親などの専属に対する罪を八虐と呼びます。八虐は五刑よりも重罪とされていまして庶民は減免されなかったみたいですしおすし」

「庶民ってことは貴族は減免されたのか」

「貴族は基本なぁなぁで終わらせます。天皇の暗殺や国家転覆を目論む以外なら。基本的に減免されます。貴族に対しては甘いのが奈良、平安時代の特徴ですからね」

「貴族様々ってか」

「そういう事です。さて、きりもよくなったので。今回は此処までにしましょうか。次回も藤原氏のお話ですよ。其れでは、まったねぇ」

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